『一味』700号記念誌
「いのち」浄土に輝く     定価 1,000円【消費税込み】
送料は別途


表紙カラー写真

梯 實圓

本願寺 勧学
口絵カラー 安達(とう)子 花芸安達流主宰
日本浄土教の流れ〈はじめに〉 梯 實圓 本願寺 勧学
行信教校校長
●平等院での説話が意味するもの
  源信和尚と『往生要集』
浅田正博 本願寺 勧学
龍谷大学教授
●法然上人の生涯とそのみ教え
  ただ念仏して
浅井成海 龍谷大学名誉教授
●親鸞聖人は何によって法然上人の門下に入られたのか
  「聖徳太子示現の文」
千葉乗隆 龍谷大学元学長
●なぜ関東に真宗寺院が少ないのか
  東国教団への新視角
平松令三 元龍谷大学教授
●本願寺教団を確立された上人の生涯と教え
  蓮如上人の行実と信心
梯 實圓  本願寺 勧学
行信教校校長
●平太郎真仏は親鸞聖人の門弟だったのか
  荒木門流小考
金龍 静 本願寺資料研究所副主幹
元龍谷大学教授
●上人の教化が生んだ篤信の念仏者
  蓮如上人の門弟たち
高田慈昭 本願寺 司教
行信教校講師
対談「いのち」を生ける 安達(とう)子
梯 實圓
花芸安達流主宰
本願寺 勧学
あとがき 天岸浄圓 本願寺 輔教

 全国の門信徒の皆様、御寺院さまには、記念品・施本として御購読いただき有り難うございます。季刊誌『一味』と同様に、多くの協賛をいただき『700号記念誌』も残り部数も少なくなってまいりました。これからも、如来のお慈悲のお育ての中で、ともに法味愛楽の道を歩ませて頂きたいと存じます

購読希望は電話もしくはフォームにて、8番その他の欄に「700号記念誌」と記入のうえお申し込み下さい。


発行/発行所:一味出版部(行信教校内)
電話:072−694−8004   ファックス:072−694−1408
申し込み御案内

専精会・一味出版部/行信教校




日本浄土教の流れ〈はじめに〉
    
       
    浄土真宗本願寺派 勧学
  行信教校校長

  梯 實圓

 浄土のみ教えがいつごろ日本に入ってきたかは定かではありませんが、すでに奈良時代には、三論宗の学僧智光法師(七五二頃)が、『無量寿経論釈』を作って浄土の教えを紹介し、大和(奈良県)の当麻寺には『観経』によって浄土のありさまをを描いた美しい浄土曼荼羅が奉安され、拝観した多くの人々は中将姫の伝説に心ひかれつつ、浄土を慕っていったといわれています。

 降って、平安時代の中期、藤原道長を中心として王朝文化の花が開けようとしたころ、当麻の里に生まれた源信僧都(九四二〜一〇一七)は、比叡山の横川に籠もって『往生要集』三巻を著し、それまでの浄土教を集大成して、日本浄土教の礎を築くと同時に、王朝文化に精神的な基盤を与えていかれたのでした。

 それから百年余りの歳月が流れて、比叡山の黒谷別所で、源信僧都教えに導かれつつ、浄土の教えの真髄を追求しておられた法然聖人(一一三三〜一二一二)は、中国浄土教の大成者であった善導大師の『観経疏』によって、称名念仏こそ万人を平等に救っていく大悲本願の結晶であることを確認し『選択本願念仏集』を著し、「ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべし」とひたすらすすめていかれたのでした。

 その法然聖人の教えに触れて阿弥陀仏の大悲の救いに心開かれていったのが親鸞聖人(一一七三〜一二六二)でした。聖人は、比叡の山での自力の修行に深刻な行き詰まりを感じ、二十九歳の時、六角堂での百日の参籠を経て、法然聖人を訪ね、善人も悪人も、出家も在家も分けへだてなく救いたまう阿弥陀仏の大悲の願いに触れて感動し、その門人となられたのでした。三十五歳の時、承元の法難に遭遇し、越後に流罪となられますが、やがて関東に赴き、多くの念仏の聖たちを育てていかれます。晩年には京都へ帰り『教行証文類』六巻を初め、おびただしい聖教を著されました。そして阿弥陀仏の本願力の救済活動を往相・還相の二種の回向として顕わし、その往相の因果を教、行、信、証として展開し、浄土教の教義体系を完成していかれたのでして。

 その教えは多くの人によって継承されましたが、特に本願寺の八代目の宗主である蓮如上人(一四一五〜一四九九)は『御文章』を書いて、どんな人にもわかるような平易な言葉で親鸞聖人の教えを伝えることによって、僅か一代の間に、全国的な規模をもつ伝道教団を築いていかれたのでした。いま私どもが、居ながらにして阿弥陀仏の救いにあわせていただき、浄土に輝く「いのち」をあじわわせていただけるのは、こうした祖師方のご苦労の賜物であったことを忘れてはなりません。


あとがき

   
    本願寺派輔教
  行信教校学監

  天岸浄圓
  
 このたび。「一味」が七〇〇号を迎え、記念として本書を発刊いたしました。
 「一味」は、行信教校の創立者の一人であられた、利井鮮妙和上の法話を掲載した「真宗法話」〈大正二年(一九一三)創刊、大正十二年(一九二三)まで刊行〉にはじまり、同十三年一月に「一味」と改題され、月刊で六十二頁の内容として発展刊行されました。ことに、同十五年(一九二六)五月に全国専精会の発足により、その機関誌として継続されてきました。

 しかし、太平洋戦争の激化にともなう物資不足のため発行不能となり、昭和十九年(一九四四)三月に三七〇号をもって休刊となりました。戦後の二十一年九月に再刊され、三七二号から隔月で発行されることになりました。号数が調わないのは、休刊の間にも一,二回ハガキ代の「一味」があったためと聞いています。
 平成五年(一九九三)十二月、より広い購読をめざして表紙デザインを刷新し内容面にも考慮を重ねて今日を迎えました。およそ一〇〇年に及ぶ「一味」の七〇〇号を貫いてきた精神は、親鸞聖人が明らかにされた、阿弥陀仏の智慧と慈悲の心を一人でも多くの方に伝えたいの一念でした。このこころは八〇〇号、一〇〇〇号と伝えてゆかねばなりません。

 その願いを込めて『「いのち」浄土に輝く』と題して「一味」にご執筆いただいた先生がたに、浄土を仰いで生き抜かれた祖師がたのすばらしさのご紹介をお願いしました。さらに、浄土真宗とご縁の深い、花芸安達流主宰・安達(とう)子先生と行信教校校長梯實圓先生に、対談を通して「いのち」の輝きを明らかにしていただきました。

 浄土というと、死者の国としかうけとめられない現代です。しかし、教典に明かされる浄土は、さとりの智慧に映じた、天地草木のすべてが輝く真実の世界であります。現代ほど人間、そして「いのち」が輝きを失った時代はないといわねばなりません。この闇が人間の愚かさと傲慢が招いたことを知らせ、真の人間性を回復せしめるものこそが浄土であると信じて、この書を刊行いたしました。

 なお、「一味」ご購読の皆さまには、今後とも本誌を通して親鸞聖人のお心が、より多くのかたがたに伝わっていきますよう、さらなるご協賛をお願い申しあげます。        合掌


平成十七年(二〇〇五)五月    一味編集部 天岸浄圓