行信教校本館
 

平成22年4月1日より財団法人から学校法人行信教校となりました。


【校長挨拶】
行信教校  校長  利井 唯明


 平成二十一年四月に、梯實圓前校長(現名誉校長)より引継ぎ、行信教校校長に就任致しました利井唯明です。当校の学風を守り、精一杯勤めさせて頂きます。
 行信教校の設立者の一人、利井鮮妙和上は「真宗の学問は世間の学問とは違う。世間の学問は知識を磨くばかりで、信仰はこれを他に求めねばならぬが、真宗の学問は学仏大悲心と言うて、学ぶことが取りも直さず我が身の出離の一大事に安心することで、学問と信仰とは別ではない。」と言われました。
 行信教校の建学の精神を一言で言えば、この「仏の大悲心を学ぶ」に尽きます。それは一人ひとりが仏の大悲に包まれ、必ず救われる身であったと聞き受けていくことです。お聖教の御文を一般常識や他人事にするのではなく、一文一句一字に至るまで、自分自身の救いの道が説かれた仏の金言として頂くのです。
 仏のみ教えに我が身を照らしたとき、広大無辺の仏の大慈悲とその対極にいる私自身の愚かさに気付かされるのです。そして、恥ずかしさ、もったいなさ、ありがたさを感じる鋭敏で豊かな生き方へと転換してゆく念仏の大道が開けるのです。
 利井明弘前々校長は「行信教校は賢いお坊さんを育てる所ではなく、有難いお坊さんを育てる所」と言われています。それが行信教校なのです。


【学仏大悲心】
行信教校  名誉校長  梯實圓



行信教校の百余年の歴史を貫いて流れる建学の精神は、「仏の大悲心を学ぶ」という一語に尽きます。それは善導大師が仏道を歩む人をたたえて「仏の大悲心を学びて長時に退くことなきひと」といわれた言葉に依っていました。仏道を学ぶということは「大慈悲心」である仏陀の御心を学ぶことだったからです。

慈悲の「慈」とは、すべての者に愛欲と憎悪を超えたまこと平安を与えようと願う心であり、「悲」とは、すべてのものの痛みを共に痛む、痛みの共感を意味していました。阿弥陀仏とは、このような大慈大悲の心をもってすべてのものを包み、愛欲と憎しみを超えた怨親平等の浄土へと導きたまう如来でした。

ひるがえって私どもを取り巻く現実は、おおよそ如来のお心とは真反対の在り方をしています。自己中心の想念をもって、自分達に都合がいいか、邪魔になるかでことの是非、善悪を判定し、利益になるものは際限もなく取り込み、邪魔者は正義の名において抹殺しようとして、互いに憎み合い、恨みあって、果てしない抗争に明け暮れています。

こうした中で、仏の大悲心に呼び覚まされて、怨親平等の浄土こそ真実の世界であると信知し、自分だけの幸せを求めている自分の愚かさに気づかせていただき、少しでも仏意にかなった生き方を学ぼうと努めているのが行信教校なのです。
  行信教校 行信仏教学院  
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